とある田舎、冥天町に住む柊家は、地元では有名な美形一家だ。美人でお淑やかな長女の桜子に、寡黙でお人形さんのような次女の奈良。この姉妹の銀髪の髪に蒼色の瞳は、この田舎では一際目立っている。 玄関の扉を開けた姉妹を迎える様に、涼風が吹き抜けた。庭の木々や植木がざわめき、木の葉が舞い散る。その一つが奈良の薄い胸を隠す、セーラー服のネクタイに引っかかった。 奈良はそれにも気づかず、塀の向こうに見える坂道から見晴らす冥天町の田園を眺めていた。丘の上に建てられた振興住宅街の下には、見渡す限り田んぼが広がっていて、水を薄く張ったそれが太陽を反射し、美しく煌めいている。 玄関の鍵を閉め終えた桜子が奈良の腰にそっと手を回し、抱き寄せる。甘い声を漏らしながら、姉を見上げる奈良の瞳は僅かに潤んでいた。 「ぁ…お姉ちゃん……」 「奈良……学校行こうね……ほら、歩いて……」 「わ、わかってるもん……」 家の庭を出て、小脇に抱き合いながら道を歩く2人は、その美しさもあってかなりの人目を引く。通りすがりのほとんどの人々は、彼女たちに目を奪われ、思わず振り返ってしまう。 「奈良はさ、学校楽しい?」 「...うん...まあ...」 「友達なんて居ないよね?」 「…いない…」 その言葉を聞いて、桜子は少し安心したように笑みを浮かべた。 「良かった、でも、大丈夫だからね。奈良にはお姉ちゃんがいるから」 「...うん……」 桜子は俯いて歩く奈良に顔を寄せ、柔らかい頬に口付けを落とす。キスされたのが恥ずかしかったのか、奈良は少し頬を赤らめ、歩調を早めた。 「どうしたの奈良?急ぐの?可愛いね」 「...お姉ちゃん……やめてよ...」 桜子は奈良の腰に手を回しており、彼女の小さい身体はしっかりホールドされて逃げられない。 桜子の手はまさぐるように、奈良のお腹を撫で始めた。今、桜子は奈良の顔しか見ておらず、前方などは気にも留めていないようだ。 「奈良は今日もほんとーに可愛いね。お腹柔らかいね。もちもち」 桜子の手はエスカレートしていき、スカートの中に滑り込んでゆく。 「はぁ…ぅぅ……お、お姉ちゃん……お願い...だれかに...見られたら...」 奈良の瞳は涙でうるみ始めた。頬は紅潮し、耳まで赤くなっている。 そんな時、背後から2人に元気な声がかけられた。 「桜子っ、奈良ちゃんとは相変わらずベッタベタだね。おはよ」 「綾香、おはよ」 「……おはよう...ございます...」 桜子の手は、親友である日暮綾香の登場によって、奈良のスカートから撤退していた。奈良はホッと息をつく。 黒髪のツインテールと長い後ろ髪を風になびかせ、綾香は奈良の隣に静かに立った。彼女の真紅の瞳が、懸念を帯びて奈良を見つめている。 「奈良ちゃん、どうしたの?何か辛いことでもあったの?」 綾香は奈良の目尻に浮かんだ涙を見て、違和感を感じたようだ。さりげなく、奈良の左手を掴み、桜子から引き剥がす。一瞬、桜子の目が鋭く綾香を睨んだが、それに気づくものはその場にはいなかった。桜子は黙って奈良の背中に手を回し、優しく撫で始める。 「...えっと...その...」 奈良の目が泳ぐ。 「奈良、無理して言う必要はないからね。今日の夜にでも、お姉ちゃんが2人きりで聞いてあげるからね」 「桜子……あんたさ、はぁ……。奈良ちゃん、もしよかったら私に連絡して。なんでも相談のるからね」 「……あの……はい……ありがとう…ございます」 奈良は2人の押しに耐えられず、ただ俯くばかり。奈良を挟む2人の間には、緊張した空気感が漂っていた。 ―――――――― 田んぼや古びた民家が立ち並ぶ、のどかな田舎道を3人の少女は歩みを進める。静かな春の風が田んぼの苗を揺らし、自然のざわめきをつくった。 しばらくすると、道は寂れた街へと移り変わる。多くの店舗が閉店し、寂しさを感じさせる商店街を抜けると黒ずんだ校舎が姿を現した。次第に道を歩く学生の数が増え、辺りが賑やかになってゆく。 「もうそろそろ着くね。ねぇ、奈良。お姉ちゃん寂しいよ。奈良と離れ離れになっちゃうなんて…」 桜子は奈良の右腕を絡め取り、ねっとりと囁いた。そんな桜子を綾香は冷めた目で見つめる。 「桜子はそろそろ妹離れしたほうがいいんじゃない? ねぇ、奈良ちゃん」 「……えと……そう…なのかもしれません…...」 伏し目がちに答えた奈良の言葉に、桜子の目が大きく開き、表情が強張った。奈良の右手を握る手に、ぎゅっと力が込められ、手の甲に青筋が浮かんでいる。 「綾香も奈良もひどいね。なんでそんなこと言うの」 桜子が唇を尖らせ、いじけた様子を見せると、綾香は呆れた表情でため息を吐いた。 そうこうしている内に3人は正門を抜け、高校に足を踏み入れる。生徒達が慌ただしく行き交う廊下を、奈良が瞳に影を落としたまま歩き、その後ろでは、保護者の様に慈しむ表情を浮かべる桜子と綾香が談笑していた。 その3人とすれ違う男子生徒の多くは、奈良と桜子に目が釘付けになり立ち止まる。 「ぼ、僕さ、今日、奈良ちゃんに告白しようと思ってる――」 「え、いやそれは……やめといた方が――」 「柊先輩のおっぱい――」 「太ももだって――」 等、立ち止まる男子生徒は思い思いに呟きながら、3人の背中を見送った。 桜子と綾香は、まるで奈良を自慢するかのように誇らしげな表情を浮かべ、満足げに微笑む。一方、奈良は俯いたまま、男子生徒達の様子には気づかずに廊下の白線に沿って歩き続けていた。 やがて奈良の教室である1年A組の前にたどり着くと、奈良が足を止め、2人もそれに続く。廊下の喧騒が少し遠ざかり、静かな空気が3人を包んだ。 「奈良、今日も一日、頑張ってね」 「奈良ちゃん、またね」 「……うん...お姉ちゃん……綾香さん……」 1年A組の前で桜子と綾香は奈良にお別れの挨拶を言う。綾香が少し淋しそうに踵を返した時、桜子が奈良をそっと抱きしめると、奈良は無抵抗に収まった。桜子の胸にすっぽりと包まれて縮こまった奈良の耳元に、甘い囁きがかけられる。 『なぁら……5分後、一階の多目的トイレに来なさい……わかった?』 『ぁ……ふ……』 奈良はその質問に、足をガクガクと震わし、腰をビクンビクンと跳ねさせて答えた。スカートの裾が怪しく揺れる。桜子の胸の中で、蒸気を含んだ息を何度も何度も荒く吐き出し、耳たぶが真っ赤になって放熱を始めている。 『だめ……だよ……はぁ…はぁ……おねえ…ちゃん……』 『だめじゃないでしょ……奈良、何がダメなのかお姉ちゃんが分かるように説明してくれる……?もし、お姉ちゃんが分からなかったら放課後は一日中お仕置きだけど……❤︎』 桜子の手が艶かしく奈良の背を這う。背筋に沿って指をなぞると、奈良の腰がゾゾゾと震え、尻をブルリと痙攣させた。甘い鳴き声を姉の胸の中でくぐもらせる。 『……ホ、ホームルームに……お、おくれ……ちゃう……か……ら……だめ……な……の……』 奈良の緩み切った声を遮るように、桜子の絡めとるような声が奈良にまとわりついた。もう逃げ場はない。 『お仕置き確定ね……なぁら❤︎……じゃあ、多目的トイレ来てね。お姉ちゃん待ってるから……来なかったら……分かるよね?それじゃあ……綾香に怪しまれちゃうから……』 『ぁっ……おねえちゃっ……』 奈良は解放されても、桜子に抱きついたまま離れない。桜子が困ったように微笑みながら、そっと小さな頭を撫でると、観念したかのように奈良は離れた。真っ赤に火照った顔で姉を見上げ、両手で胸を押さえている。 「2人とも何してるの?桜子、行かないの?」 「うん……綾香、待たせてごめんね。じゃあ奈良、また❤︎」 「…………うん」 残された奈良の背中は小さく、小動物のように震えていた。
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2025.10